ぽけっとぽけっと

あ、またシャンプー買い忘れた。

新宿のまんなかで

 

「ねぇ、知ってる?映画館の近くにはだいたいマクドナルドがあるのよ。私はね、映画が始まる時間よりもだいぶ早くに映画館へ来て、マクドナルドでハンバーガーなんかを食べながらボーっとするのが大好きなの」

 

 飲み会で面倒な女にひっかかったのではない。世界有数の大都会、東京は新宿の三丁目、たくさんの人が行き交う道端で、彼女は歩きゆく観客たちへこう語りかけていた。見ると、来週末に近くの劇場で行う公演の宣伝らしい。オリーブ色のスカート、白いシャツを着た彼女の耳元には、赤い木の実のようなピアスが揺れている。整った顔立ちを豊かに変化させながら愉しそうに一人、劇を演じていた。

 

 僕は路上の小劇場を何気なく通り過ぎたあと、ちょっと離れたところでさも誰かを待っているかのような素振りで立ち止まった。彼女の声がよく聞こえる。どうやら何かしらのストーリーに沿いながら、自由に言葉を紡いでいるらしい。

 

 彼女の前を多くの人が通り過ぎる。何も聞こえていないかのように素通りする人、チラチラと見ている人、通りすぎた後にクスクス笑っている人、いろんな人がいる。決して反応が良いとはいえなさそうだが、彼女は続ける。

 

 「あのね、私は主人公気質なの。小中高と、何か主役になれそうな機会があれば真っ先に手を挙げてきたわ。学級委員、生徒会長、部活のキャプテン、なんでもよ。でも社会に出てみたらどうかしら。私は主人公どころか、この社会の脇役にさえなれていない気がしてならないの」

 

 一体どんな話なのだろう。僕はイヤホンをつけている。音楽はかけずに、彼女が大都会の真ん中で語りかける言葉に耳を傾ける。

 

 「いま、私ね、なんだか大きな瓶のなかに入れられたような気持ちなの。外の世界にあるものを見ることはできるんだけど、そこに行こうとすると、透明な壁に阻まれるの。私、何度もその透明な壁を叩いたわ。でもちっともびくともしないの」

 

 僕はそっと、彼女の近くに立ち、じっと見つめた。彼女が僕を見る。彼女は続ける。いつの間にか人が増えてきた。彼女は続ける。

 

 「私ね、両親が運転する車の後部座席に座るのが大好きだったの。お父さんがドライバーで、助手席にはお母さん。後ろには私がいて、最近あった楽しいことや、今日の晩ご飯なんかについて話すの。ちょっと眠くなってきたら、ドアに肩を預けて眠ったわ。うっすらまぶたを開けると、街灯の光が定間隔に腕を横切るの」

 

 僕は傍らに置いてあった公演のチラシを拾い上げて、立ち去った。だんたんと彼女の声が遠くなる。チラシを丁寧に折りたたんでポケットにしまい、帰り道を歩いた。新宿の空は明るく、街はせわしなく、秋が近い空気を吸い込むと、少し鼻がツンとした。

 

 

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photo by Daisei