夏の夜のこと
夏である。
疑うこともなき夏である。
「…今日、気象庁は関東甲信越地方が梅雨明けしたとみられると発表した。例年より二日遅い梅雨明けとなった…」
などという何度聞いたか分からないニュースの定型文を聞いて、
あぁ、今年も夏がやってきたんだなと頭で理解する。
そして溜まった洗濯物を干すためにベランダに出て、少し忘れかけていた「夏」を体で理解する。
日中のうだるような暑さはたまったもんじゃない。
外に出るのがとても億劫になるし、たまったもんじゃない。
食材はすぐ痛むし、冷房代はかさむし、すぐ汗だくになる。
夏なんて…と言いたいところだが、僕は夏の大好きなところがある。
夜だ。僕は、夏の夜が好きだ。
あのむせ返るような土の匂いや、鼻をじわっと湿らせるような風や、どこか明るいような夜の雰囲気が好きだ。
夏の夜には想い出がたくさん詰まっている。
家族と囲んだ花火
縁側で食べたスイカ
夏祭りの後の名残惜しい帰り道
火照った頬を夜風が冷ます、部活の帰り道
夜のコンビニのどこか安心するような気持ちと、冷たいアイス
いろんな想い出が、夏の夜に詰まっている。
そんな夏の夜には、ふとした拍子に懐かしい想い出たちが突然やってきた親戚のように押し寄せてきて、心が「いや、急すぎますよ前もって言ってくれなきゃ…すいません散らかってて…」といった具合に嬉しいやら、迷惑やらな状態になる。
僕はもう大人になった。
暑い夜に飲むのは冷たいジュースじゃなくてビールになったし、もうしばらく花火もしていなければ、昆虫を見てもそこまでときめかなくなってしまった。
でも、夏の夜の向こう側には、あの時の僕がいる気がする。
おもわず
「あの頃夢見てたかっこいい大人になれてますか?」
とたずねたくなる。
そんな昔の自分に背を向けて、鼻歌なんて歌いながらビールとアイスの入った袋を揺らして僕は歩く。
夕立が濡らしたアスファルトは、まだ乾くことはなさそうだ。
おーしまいっ!